純粋に無邪気に

A.今苦しくても何らかの摂理によって与えられた苦しみを耐え抜き将来いつか報われるはずという考え。⇨不幸のままかもしれない

B.今いろんなことに恵まれ人生は楽しく明るいものだという考え。⇨人生後半で不幸になるかもしれない

C.過去には苦難を経験し今は順調で人生は楽しく明るいものだが所詮これはたまたま運が良かっただけのことだという考え。⇨人生無難に終えるかもしれない


D.今も昔も苦しみの連続であっても、人生は楽しく明るいものだと心から本気で考え実行する人⇨今後幸運が待ってるかもしれない。


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キリストとクモの糸



キリスト教では天国へ行けることが何よりの目的であり喜びだ。


しかし、芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」のような場面では、キリスト教の信者さんはどのような行動をとるのだろうか?


①天国に行くのを他者に譲り自分は諦める
②他者の手も取り一緒に天国に行こうと頑張る
③天国に昇るのをいったんやめて祈る

ルカ福音書
23:43イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

イエスは自分だけ天に行くのではなく、罪びとと一緒に天国に行った・・・


蜘蛛の糸の主人公カンダタは、蜘蛛の糸を昇っていく自分の下の方に大勢の人たちが続いて来ようとして、その細い蜘蛛の糸が切れてしまうと思い、慌てた。
きっとカンダタの目に映った他の大勢の人たちは、自分に向かってくる無数のおぞましいゴキブリのように見えたであろう・・・

人は、自分の家族や親友のためならば自分を犠牲にする。これは当然の話だ。
友人・知人のために自分を犠牲にすることもよくある。
しかし、よく知らない人のためにすぐさま自分の命を犠牲にすることはあるのだろうか?得体のしれない人に自分の命を差し出すのか?通り魔にすすんで自分の命を差し出すのだろうか?



現実はいろいろ複雑で難しいが、
とにかく、
自分だけ幸せになろうとする気持ち、家族でも友人でもないよく知らない他人をゴキブリのように思う気持ち、これらが良くないのはわかる。

これくらいの簡単なこともできないのが人間だ。


そして、自分が得することを引っ込み思案になって他人に譲ったと言い訳することもよくあることだ。

無神論者の言う弱肉強食が進化を促す歴史が真実ならば、もっと積極的に、他人を押しのけて、自己の繁栄を求める姿勢が正しいのかもしれないが、

バランスが大切であろうし、極端になってはいけないはずだ。



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サルコ 自殺機器

サルコ 自殺機器

で検索すればすぐ出てくるが、安楽死に向けての流れが進んでいる。


https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/12/post-9109.php
苦しまない安楽死マシーンなら
ニューズウィーク日本版



安楽死合法化推進派のニチキ医師は設計図を一般公開するようで、
3Dプリンターがあれば誰でも作れるようになるらしい・・・(たぶん、ほかに液体窒素が必要になってくると思うが・・・)


自殺というのは、身近に簡便にやれる材料・方法があれば自殺率はグンと上がるであろうと思われるが、この機械が合法とされて普及すれば、人類の歴史上のパラダイムシフトになるかもしれない・・・



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短時間と長時間



短時間で何か得られるもの、かつ、繰り返し得られるものは依存の対象となる。

長期間で何か得られるものは、人生の目標、生きがいになる。

しかし、人間は気が短く、短期間で何かを得られないと達成感を得られず、継続することを諦めてしまう。


人間が長い人生を毎日毎日繰り返していくように運命づけられているのは、この短期間の日々の糧と長期間の人生の目標を地道にこつこつ一つずつクリアしていく必要があるからだろう・・・





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何のために生きるのか
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閑話休題


列王記上19:4『(エリヤは)自分の死を求めて言った、「主よ、もはや、じゅうぶんです。今わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません」。』エリヤは、その後も主に生かされ、最期は死を経験することなく天に引き上げられた(こういう昇天はエノクとエリヤだけだ)。


死を願うことは罪ではないようだ。ただし、ヨブの時もそうだったが、そういう願いは神はかなえてくれないようだ。



ハワイ州は安楽死を合法化し、これで全米7番目らしい。

アメリカの小児(10~17歳)の自殺率は上昇傾向らしい。とくに銃による自殺。


死を願う人は、その方法が簡便にできればそれを利用して完遂するだろう。昔はそう簡単にはできなかった。首吊くらいで、あとは難しい。それに宗教という名で禁止されていた面が強い。



自殺はもう自分には道がないと判断して、もしくは、今の苦痛の日々が耐えられないと感じてのものだ。


末期癌でたとえある程度ペインコントロールしてもやはり苦しいであろう。


そういう人に頑張れなどとは言えないが。



死という順番。

若くして死ぬ人もいれば、100歳まで生きて死ぬ人もいる。



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Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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