今はいつか?

晩年のアインシュタインも「今」について混乱していたような気がする・・・プリンストン研究所同僚の哲学者・物理学者・数学者のルドルフ・カルナップと時間について議論してたらしい。


「今はいつか?」

「今でしょ!」

と答える人がほとんどだろう。そりゃそうだ。しかし、その答えは普遍的なものではない。問いが普遍的な問いではないから仕方ないだろうが。

なら、今という概念を定義すると、どうなるだろう?
辞書を検索すると、「過去と未来との境になる時」「現在」「ただいま」とトートロジー(同語反復)になってしまう。まぁ、それはよしとしても、主語がない。誰にとっての現在なのか?


世界全体の真理から見れば、「今」というのはいつの時点なのだろうか?
神からすれば、「今」というのは2015年9月14日午前6時26分なのだろうか?

違うような気がする。

自分、存在、今というキーワードで考えると、本当に、今が何なのかを良く考えないと先に進まない・・・






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「ゲーデルの哲学」を読んで・・・

図書館で本を借りるとき、まず一番最後を読んでから、全部読むに値するかどうか判断し借りる。

本書も一番最後を読んでみた。

アメリカの哲学者パトリック・グリムがゲーデルの不完全性定理を用いて、神の非存在を証明した、ただし、正確にいうと、人間の理性によって理解可能な神は存在しないということであり、人類の認識・知性・理性の限界を超えたところに神が存在する可能性はあることを暗示している・・・と言った内容だった。

とりあえず、借りて読んでみたわけだが、

この本を読んでみて、連想したこと・・・


1たす1は2
ということは、一見、普遍的な真理に思えるが、僕はそうは思わない。形而上的な理想だからと言うこともできるが、それ以上に、混沌のカオスの別の世界では(そういうパラレルワールドでは)、この世の常識は通用しないからだ。この世では、常識というか当たり前のような整然とした事柄が、もしかしたら、脆く危うい崩れやすい事柄ばかりなのかもしれない。

そんなふうに考えている僕だから、1+1=2ということについて数百ページを割いてプリンシピア・マセマティカを書いたバートランド・ラッセルやホワイトヘッドたちのような数学者、論理学者たちの記号遊び言葉遊びには、限界を感じてしまう。彼らも、自分たちの使う数学の観念は、現実に完全に符合するわけではないと言ってる。論理学者たちは、人間の作ったルールの中で(もちろん現実の自然現象に近似させ役に立つように考えられたものだが)、あれこれ、こねくり回している。

ゲーデルは恵まれた家庭に育ち、人生の悩みとはほぼ無縁に生きてきた。だから、神を考える必要がなかったし、現実を重んじる。「神の存在論的証明」をゲーム感覚でやってみせたが、それを公表することはしなかった。実際に神を信じていると誤解されるを恐れて。
無神論のゲーデルは晩年、被毒妄想激しく栄養失調で亡くなっている。ゲーデルの友のアインシュタインは、明るく外交的で親切な人柄だったのか、晩年は安らかだったと思う。


ラッセルが推薦したヴィトゲンシュタインは、大富豪の息子だったが暗い悲壮的な人で、人生にいろいろ悩んでいた。トルストイの編纂した聖書(イエスの言動のみに絞った聖書)を戦争に従軍しているときにも携行し、神を求めていた。
初めの頃のヴィトゲンシュタインは若気の至りで傲慢だった。語り得ぬものには沈黙せねばならないと結論づけて、それでもって、哲学上の全ての問題は解決したと勝手なことを言っていた…
晩年は、



話が逸れてしまった。

この世だけで通じる真理は、2H2+O2=2H2Oとか、いろいろあるだろう。
しかし、この世に限定しないで普遍的永遠の真理は、、、そういうものではない。1+1=2ではもない。
普遍的な真理はただ一つ、「感じる自分が今存在する。」そう、コギトエルゴスムだ・・・あとは、時間の観念の問題・・・


(今日もまとまりのない支離滅裂な内容ですみません・・・自分自身のメモ代わりのブログなので)

参考
http://god-theorem.blogspot.jp/2013/04/blog-post.html

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読み終わった・・・

『ゲーデルの哲学~不完全性定理と神の存在論』を読み終わった。

この本の著者である高橋昌一郎氏の他の本も読んだことがあるが(たしか「知性の限界」か「理性の限界」だったかな)、やっぱり駄目な本であった。

何がダメかというと、マニアというか、オタクというか、仲間内でわいわいがやがや楽しむのが好きな人という感じがよーく感じられた。

だから、書いている内容は、好きな人が読めばまぁまぁ面白おかしいだろう。しかし、本当に、真理や論理や神などを追求しようと人生を賭けているような人からしたら、くだらないと思うことだろう・・・

でも、まぁ、いろいろ考えさせられた(それについてはまた今度)。
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不完全性定理

最近、『ゲーデルの哲学~不完全性定理と神の存在論』を読んでいる。

ヴィトゲンシュタインも言っていたが、この世のルールの中ではこの世の真理はわからない。
だけど、僕は普遍的な真実を見つければ、真理は理解できると思う・・・(と信じたい)
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混沌から秩序が存続していく

無秩序から秩序が生まれる。混沌から秩序の目が出て、混沌の波に消されそうにならないように必死に秩序の絆を強くする。そうして、できたのが、ビックバン後の今の世界なのかもしれない。他のパラレルワールドでは、秩序の萌芽が混沌にかき消されて世界は維持できずに消滅しているのかもしれない・・・


(有は無から生まれたのかどうかはわからないが、むしろ、混沌から有が生まれたと思った方がいいのではないだろうか?そうすると、そもそも「有」とは何かということになる。あるいは、)
秩序は無から生まれたのではなく、秩序は混沌から生まれたととらえて、混沌は無から生まれたのかどうかが問題となる




また中途半端で意味不明な文章、すみません・・・
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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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