知性で考えようとしても無駄かもしれないし、有害かもしれない

天国に行くとは、全ての知恵・知性を消去されて、永遠に思い患うことなく過ごすということかもしれない、しかも、この永遠という無限地獄にも気づかないで過ごせることなのかもしれない。
神は全能なので、人をこのような状態、痴呆のような状態にすることが可能なのかもしれない。
ヨブが神に会えた時に、せっかく会えたのに、それまで自分が神に対して訴えたかったことを一切忘れてしまって、神に対して何も反論しなかったのは、まさに、神の全能の為せる業だったのかもしれない。
とにかく、知性は(神を愛する為に使う知性以外は)、ある意味、人を幸せにしない(別の意味では、人を真実に向かわせているかもしれない)。


釈迦が悟りの為に色々悪戦苦闘し、ついに諦め、自然の中で座禅し結局悟ったのは、苦行はもちろん知性でもこの世の苦しみから脱することはできないことに気付いたということなのかもしれない。

人は幸せを求めようとする時、知恵を働かせる。それは悪知恵かもしれないし、あるいは良い知恵かもしれないけど、いずれにしても、そんな知恵で得た幸せなど、空しく、儚い、移ろいやすい一時的な物なのかもしれない。
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No title

「不幸」について、あれこれ語ってらっしゃいますが
ちっとも実感が無いのは
きっと、貴方様が「不幸ではない」からなのでしょうね。

本当にいじめや虐待にあったらどんな気分か?
手足や声をなくしたら、肉体的にも社会的にもどんなことになるのか?
死ぬより辛いことは、いくらでもあるのですよ。

神と向き合ってどうこう語るのも結構ですが、たとえば
福島やガザ地区の現実にも目を向けてみられたらいかがでしょうか?

生きてる意味を考えるのも大事かも知れませんが
そうした不幸な人たちに何かしてあげようとか
一緒になって何かしようとかは考えない…のでしょうか?

それとも、僕など想像を絶するほど不幸なのか?もしくは
そういう事を、さんざんなさった上で、おっしゃっているのでしょうか?

今日は、少し意地悪ですみません。

No title

いえいえ、コメントありがとうございます。
私自身のことは、別にどうでもいいのですが、世の中に理不尽な不幸や苦しみがあるのが、どうにも私には理解しかねて、苦しみがなぜ存在するのか答えを求めて日々考えてます。。。

目の前に苦しんでいる人がいて自分が助けることができる状況ならばその人のためにいろいろすると思いますが、私自身は人を助けられるような力のある人間ではなく、私自身、他人を助ける前に自分を助けるしかない弱い人間です・・・
他人を幸せにするには、まず自分自身が幸せでないとダメだと思います。幸せでなくても、少なくとも、生きていることに喜びんでいないと、他人を励ますことはできないと思います。
まず自分がこの世に生きていることに感謝や喜びなどを実感できるようになってから、困っている人を助けてあげたいと思っています。
もちろん、今までそういう人助け的なことには多くかかわってきましたが、自分の無力さを感じることがほとんどでした。。。


今、苦しんでいる人も多いですが、過去の苦しみがあった事実も考えさせられます。たとえば、幼子が親に虐待され食事を与えられずに餓死して親が警察に捕まったというニュースなどを聞いた場合などは、人知れず、短い人生を、苦しみながら終えて逝った子供の存在に、神はいるのか、この世に意味はあるのか、疑問に思えてきます。いくら、人間が理想の世界を築こうとしても、完全なユートピアは築けません。もちろん、より良い社会を築こうとする努力は素晴らしいとは思います。しかし、とにかく、私自身は、人間の限界、自分の無力さをただ感じ、悲観的にならざるを得ません。

すみません、ネガティブなことばかり言ってしまって・・・


こんな悲観的、絶望的な世界観を打破するべく、コペルニクス的転回のような、何か、人生の真理真実を、持つことを夢抱いてます(こんな夢想ばかりしている哀れな人間だと思っていただいて結構です)・・・

No title

他人を幸せにするには、まず自分自身が幸せでないとダメだと思います。幸せでなくても、少なくとも、生きていることに喜びんでいないと、他人を励ますことはできないと思います。
まず自分がこの世に生きていることに感謝や喜びなどを実感できるようになってから、困っている人を助けてあげたいと思っています。
もちろん、今までそういう人助け的なことには多くかかわってきましたが、自分の無力さを感じることがほとんどでした。。。

失礼ですが、馬鹿じゃありませんか?
僕は、癌患者で身体障害者で、それでも現役で仕事も頑張っていて
自分の経験をブログに綴っています。

僕は、決して幸せではないけれど、
人に馬鹿にされたりさげすまれたり、憐れんで見られたり
時には泣きたいほど情けない事もありますが
それでも僕のブログは、誰かの役に立っていると信じます。

幸せじゃなきゃ、誰も助けられない?
では、癌患者で障害者の僕がやってる事は何ですか?

そして「人を助ける?」って、上から目線じゃありませんか?
思いあがるのもいい加減にしてください。
幸せな人に助けられて、誰がうれしいと思うか?考えたことがありますか?
むしろ、十二分に幸せだから誰も助けられないんじゃないですか?

ひとは、共に助け合って励まし合って生きて行くものです。
しあわせだから、人が助けられる?
それは、思いあがりというものです。

弱い人間だと思ってもらって結構です…
そんな居直りで、いいんですか?
マイナスのオーラを発信するブログは、読む人を不幸にします。
その事に気づいてらっしゃいますか?

前を向きたくない
本当の事を、見たくないだけじゃないんですか?

またまた、ひどい事ばかり言ってゴメンナサイ。
でもね、ちゃんと、前を向いて欲しいんですね。
マイナスの発言が、僕にはSOSに聞こえます。

何か出来る事はありますか?

No title

>時には泣きたいほど情けない事もありますが
>それでも僕のブログは、誰かの役に立っていると信じます。

その前向きさがいいんでしょうね・・・

>マイナスのオーラを発信するブログは、読む人を不幸にします。
>その事に気づいてらっしゃいますか?

まさにその通りですね。。。
不幸な人は(少なくとも不幸を不幸と感じている人は)、
他人をますます不幸にしてしまう・・・

>マイナスの発言が、僕にはSOSに聞こえます。
>何か出来る事はありますか?

ありがとうございます。
何かあればお願いします。
でも、とにかく、神に全て委ねるしかないと今は思っています。
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Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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