FC2ブログ

キリストとクモの糸



キリスト教では天国へ行けることが何よりの目的であり喜びだ。


しかし、芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」のような場面では、キリスト教の信者さんはどのような行動をとるのだろうか?


①天国に行くのを他者に譲り自分は諦める
②他者の手も取り一緒に天国に行こうと頑張る
③天国に昇るのをいったんやめて祈る

ルカ福音書
23:43イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

イエスは自分だけ天に行くのではなく、罪びとと一緒に天国に行った・・・


蜘蛛の糸の主人公カンダタは、蜘蛛の糸を昇っていく自分の下の方に大勢の人たちが続いて来ようとして、その細い蜘蛛の糸が切れてしまうと思い、慌てた。
きっとカンダタの目に映った他の大勢の人たちは、自分に向かってくる無数のおぞましいゴキブリのように見えたであろう・・・

人は、自分の家族や親友のためならば自分を犠牲にする。これは当然の話だ。
友人・知人のために自分を犠牲にすることもよくある。
しかし、よく知らない人のためにすぐさま自分の命を犠牲にすることはあるのだろうか?得体のしれない人に自分の命を差し出すのか?通り魔にすすんで自分の命を差し出すのだろうか?



現実はいろいろ複雑で難しいが、
とにかく、
自分だけ幸せになろうとする気持ち、家族でも友人でもないよく知らない他人をゴキブリのように思う気持ち、これらが良くないのはわかる。

これくらいの簡単なこともできないのが人間だ。


そして、自分が得することを引っ込み思案になって他人に譲ったと言い訳することもよくあることだ。

無神論者の言う弱肉強食が進化を促す歴史が真実ならば、もっと積極的に、他人を押しのけて、自己の繁栄を求める姿勢が正しいのかもしれないが、

バランスが大切であろうし、極端になってはいけないはずだ。



にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村
にほんブログ村 その他ブログへ

にほんブログ村
<br"にほんブログ村 哲学・思想ブログへ" />
にほんブログ村



人気ブログランキングへ









スポンサーサイト
line
line

comment

管理者にだけ表示を許可する

line
line

FC2Ad

line
プロフィール

うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

line
最新記事
line
最新コメント
line
最新トラックバック
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
sub_line