感情のクオリア


【1】赤のクオリアなど、感覚の質感は、他人と原理的に共有不可能なのかもしれないし、共有する必要がないのかもしれない。しかし、感情のクオリアは共有可能性および必要性があるのかもしれない。

(1)愛とは何だろう。。親への愛、子への愛、恋人への愛、配偶者への愛、兄弟への愛、友達への愛、隣人への愛、見知らぬ人への愛、神への愛、、、愛と言っても様々だ。

(2)神がいない根拠はこの世が理不尽過ぎるからだろう。それ以外に無神論者の言い分はない。しかし、2歳そこそこの幼な子が悪気なく無邪気に蟻を踏み潰しているのと同じように、この世の不条理は大した事ではないのかもしれない。
神を愛するとは、幼い我が子のやんちゃを寛い心で見守るようなものかもしれない。

(3)愛とは慈しむ、哀れむといった暗い気持ちだけでなく、いたわる、微笑ましく見つめるといった温かな気持ちがメインのはずだ。幸せは穏やかで頬が少し緩むような余裕のある状態のことだと思う。完璧主義や根性、努力、仇討ち、最後に正義が勝つといった重いものではないと思う。

【2】さらに、愛についてその相手と同じ愛を共感するとき、それはお互い本当に幸せなことだと思う。赤のクオリアを共有する必要はないけれど、愛のクオリアを共有することは素晴らしいことだし、それが人生の中で一番大切なことではないだろうか。

【3】人生の意味について問うことは幸せについて考えることでもあり、そして、何故自分が存在するのかを考えることでもあると思う。。
自分が誰かから愛されて必要とされていることに気づかないといけないのかもしれない…

脈絡のない独り言でした・・・
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人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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