問う時、疑う時

僕は、断定する人が嫌いだ。


神はいないとか、

人生の中で善とは幸せとか、

意識は脳の随伴現象に過ぎないとか、、、




何でそんなに自信をもって断定するのだろうか?

1+1=2 ということくらいになら断定してもまだ許せるが、この数式すら僕は疑っている。そう、コギトエルゴスムのように。独我論者のように。


しかし、そんな僕自身、
日々、自分という意識とか、人生の意味とか、幸せとは何かとか、考えている、この自分の態度にも、おかしいところがあるように思えてきた。



何故、人生の意味を問うのか?

問うことくらいは僕の勝手かもしれないが・・・



断定する文章には、疑問を呈することは構わないのだが、
問うときの前提の自分の思い込みは勘違いではないだろうか?


全てを疑う懐疑論者の疑う、問うときの前提、これはもしかしたら、、、
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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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