必死さ 深刻さ 真剣さ

人生は苦境逆境の時こそ人生に対し真剣に深刻に必死になる・・・
順境もしくは平穏な時は人生に対し適当になったり刹那的になったり油断したりする・・・


もちろん、不運続きで、イライラしたり、不平不満を愚痴ったりするだろうし、もっと進めば自暴自棄になったりするだろう。しかし、そういうのは、本当に深刻に必死に真剣に悩んでいるとは言えないと思う。本気で苦しんで、本当にもうどうしようもなく、本当に切羽詰まれば、不平不満など言っている場合ではないだろうし、自暴自棄になったり、薬物やお酒で気を紛らわせてる場合じゃないはずなのだ!そんな適当な態度や、問題からの逃避は、根本的な解決には全然つながらないから。


そう、人の一生は、四苦八苦であり、常に苦しみという問題が付きまとっているのが当たり前で、仏陀が言いたかったのは、常に、真剣に苦しみに向き合う必要があるのだと思う。親鸞が必死に念仏を唱えよと言ったのも、常に人生四苦八苦を真剣に自覚し、この根本的な解決に向かうように意識を向けることが大事だと言いたかったのかもしれない・・・


必死に真剣に深刻に問題に向き合って根本的に解決するために、僕が取った方法は神に祈るだった。。。


それは自らの弱さ、罪深さ、知性悟性の乏しさをよくよく自覚し、それを神に告解し、その上で救いを神に祈り求めることだった・・・


自分自身の知力では解決できない・・・無知の知と言ったソクラテス、さらに、ソクラテスよりも前の時代に、メトロドロスは「(人は)何もわかってない。わかっていないということすら、わかってない」と言っていた。

2500年以上経っていても、この教えは変わらない。


人間の知性悟性には限界がある。どうしても、得られない「人生の意味」の答え・・・




もちろん、「人生の意味」を神に祈り求めて得られても、結局は、そんなのはどうでもいいから、この自分という存在が神によって生み出されることが、初めからなかったのが一番良かったという不満への回答は得られないかもしれないが・・・

しかし、この自分なんか生み出してもらわなくて結構だったという愚痴だって、本当に真剣に深刻に考えている態度ではないだろう。


きっと、神によって生み出されたわけではないのだろう・・・きっと、自分自身の意志か、もしくは、初めから自分は存在していたのかもしれない。。。
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Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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