「ゲーデルの哲学」を読んで・・・

図書館で本を借りるとき、まず一番最後を読んでから、全部読むに値するかどうか判断し借りる。

本書も一番最後を読んでみた。

アメリカの哲学者パトリック・グリムがゲーデルの不完全性定理を用いて、神の非存在を証明した、ただし、正確にいうと、人間の理性によって理解可能な神は存在しないということであり、人類の認識・知性・理性の限界を超えたところに神が存在する可能性はあることを暗示している・・・と言った内容だった。

とりあえず、借りて読んでみたわけだが、

この本を読んでみて、連想したこと・・・


1たす1は2
ということは、一見、普遍的な真理に思えるが、僕はそうは思わない。形而上的な理想だからと言うこともできるが、それ以上に、混沌のカオスの別の世界では(そういうパラレルワールドでは)、この世の常識は通用しないからだ。この世では、常識というか当たり前のような整然とした事柄が、もしかしたら、脆く危うい崩れやすい事柄ばかりなのかもしれない。

そんなふうに考えている僕だから、1+1=2ということについて数百ページを割いてプリンシピア・マセマティカを書いたバートランド・ラッセルやホワイトヘッドたちのような数学者、論理学者たちの記号遊び言葉遊びには、限界を感じてしまう。彼らも、自分たちの使う数学の観念は、現実に完全に符合するわけではないと言ってる。論理学者たちは、人間の作ったルールの中で(もちろん現実の自然現象に近似させ役に立つように考えられたものだが)、あれこれ、こねくり回している。

ゲーデルは恵まれた家庭に育ち、人生の悩みとはほぼ無縁に生きてきた。だから、神を考える必要がなかったし、現実を重んじる。「神の存在論的証明」をゲーム感覚でやってみせたが、それを公表することはしなかった。実際に神を信じていると誤解されるを恐れて。
無神論のゲーデルは晩年、被毒妄想激しく栄養失調で亡くなっている。ゲーデルの友のアインシュタインは、明るく外交的で親切な人柄だったのか、晩年は安らかだったと思う。


ラッセルが推薦したヴィトゲンシュタインは、大富豪の息子だったが暗い悲壮的な人で、人生にいろいろ悩んでいた。トルストイの編纂した聖書(イエスの言動のみに絞った聖書)を戦争に従軍しているときにも携行し、神を求めていた。
初めの頃のヴィトゲンシュタインは若気の至りで傲慢だった。語り得ぬものには沈黙せねばならないと結論づけて、それでもって、哲学上の全ての問題は解決したと勝手なことを言っていた…
晩年は、



話が逸れてしまった。

この世だけで通じる真理は、2H2+O2=2H2Oとか、いろいろあるだろう。
しかし、この世に限定しないで普遍的永遠の真理は、、、そういうものではない。1+1=2ではもない。
普遍的な真理はただ一つ、「感じる自分が今存在する。」そう、コギトエルゴスムだ・・・あとは、時間の観念の問題・・・


(今日もまとまりのない支離滅裂な内容ですみません・・・自分自身のメモ代わりのブログなので)

参考
http://god-theorem.blogspot.jp/2013/04/blog-post.html

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