動物の思考・・・


語感言語学
というブログで以下のような文章があった。

『多分、新皮質の余り発達していない犬や猫も自らをかわいそうと憐れむ感覚は持っていないだろう。ひもじいとか寂しいとか感じはするだろうが、だからといって、将来を悲観するようなことはないだろう。』

この箇所を読んでインスピレーションを得たのが、アフリカサバンナでハイエナに子鹿を攻撃された母鹿が、小鹿を助けるも、小鹿はすでに瀕死の重傷を負ってほとんど意識がない状態。周りにはハイエナの群れが取り巻き、母鹿は泣く泣く小鹿をおいて、群れに戻っていく・・・
この時、母鹿は、寂しい・悲しいといった感情にはなるだろうが、「何故?」「ハイエナよ、我が子をいじめるな!」「我が子よ、かわいそうに・・・」「私たち親子は本当に不幸だ・・・」とかそんなことは考えていないだろう。こういうことを考えるためには、「自分」および「他者」という概念がなければならないからだ。ハイエナを自分と同じような生き物とは思っていないであろう。人間が家屋に被害を及ぼす暴風雨を怨んでも、暴風雨を他者として説教しようとは思わないように。
自分という概念がないから、自分がすべきことはわからないし、初めから何をすべきか考えようともしない。ただ、本能に従って行動するだけだ。もちろん、小鹿を守るべきか、小鹿を置いて逃げるべきか、躊躇はするだろうが、その間考えているわけではなく、ただ、母性本能と逃避本能がせめぎ合って結論が出るのに時間がかかっているだけだろう。




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人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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