つれづれに・・・

生まれてきたこと、今生きていること、今後死ぬまでのことには、何らかの意味があるはず。。。死んだ後に、その意味について明らかになるのだろうか???死後の世界がないなら、生きている間に、生きて生活していたことに評価がなされ死ぬ直前までには報われることになるんだろうが、実際は何もない、そのまま死んでいく。あるいは、生きる意味なんかないのかもしれない。死後の世界があったとしたら、生きる意味について死後明らかになるのだろう・・・・
自分という意識は進化の過程で生み出されたものなのだろう、必要だから・・・
ダンゴ虫にもあるのか、石にもあるのか、わからないけど・・・牛が草を食べながら、自分は何故ここにいるのか考えたとしたら。神は何て答えるだろう?「お前の身体、何千兆もの細胞の集合の結果が、お前を産んだ、そして今生きているんだ」と説明するのか?牛はさらに問うことだろう「私じゃなければダメだったんでしょうか?他の牛たち、この前死んだ牛が、私が生まれる前に私の代わりに私の身体に宿っても良かったのではないでしょうか?」神は答えるだろう「お前が生まれる時、お前という魂がその身体に一番近くにいたんだ」「そうだったんですか・・・でも、それじゃ、この私じゃなきゃ絶対ダメなんだっていうような理由はないんですね・・・」
神は言う「その魂がどの身体に宿るかは問題ではない。大事なのは生きてる間に何を経験したかだ」それに対して牛はさらに尋ねる「じゃぁ、早くに亡くなった私の赤ん坊はあまり大した経験をせずにこの世を去ってしまったわけですね・・・、私はもう充分生きてきました。脚も折れそうな位に痛みます。長生きすればそれだけ苦しいことが多いこの人生を早くに終わらせたいと思うのは間違ってますでしょうか?」神は「・・・」

遠藤周作の「沈黙」という小説は、私にとっては、神は全知全能ではないというを言ってるに過ぎない・・・

徒然に思うままキーを打ってしまったので、あまり深い意味はないです。。。
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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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