混沌→秩序

カントがあげたアンチノミーの中で、第3アンチノミーについて。

これは、この世界で起きる出来事はすべて因果律で決まっているかどうか、だ。

カントは、このテーゼ、アンチテーゼの両方を証明したつもりのようだが、アンチテーゼの矛盾の証明、すなわち、世界の絶対的始めとしての自由、は因果の法則によって更なる原因を持たない原因を想定することは現に成立している因果の法則に反するから、従って、あり得ないと判断している。

そもそも、因果律は、カントの生まれる十年前、1714年にライプニッツが『十分な理由の原理』を打ち出している。
ライプニッツの後も、ショーペンハウエル、ハイデガーらが、因果律は当然の如く、受け入れられてしまっている。

しかさ、現代物理学は、ビックバンが何もない中で突然起きたことを示唆している。因果律などなく、無から有が誕生したのだ。何しろ、物質だけでなく、時間もビックバン以前はなかったのだから…

カントは、非常に頭の回転の速い人だったと思う。だから、何か情報を得ると、それを把握し、理解するのが得意だったことだろう。
この世界で起きていることを、目に見える範囲で理解し、噛み砕いて、説明するのが好きだったんだろう。

しかし、現代の進んだ科学の解き明かした事実を知らないカントは、乏しい知識で解釈するしかなかったわけだ。


ビックバンが、本当に何にもない無から突然何の理由もなく起きたのかどうかは、今でも、検討の余地はあるだろうが、とにかく、因果律が関わらないで生じる事象の可能性について、初めから無いなんて決めつけずに考えていきたい。

生命が誕生したのが、アミノ酸が集まって偶然生まれたとしても、その偶然は物理法則に従っての偶然である。また、『この自分』という意識が、脳のニューロンの組み合わせから偶然生まれたとしても、その偶然は法則に従ってのものなのかはわからない。



とにかく、

無から、混沌が生まれ、混沌から秩序が生まれ因果律が出来上がっていく。これが、この世界の成り立ちなのではないかと、仮説として僕は今のところ考えている。

意識が生まれたのも、もしかしたら、無から混沌としたものが生まれ、そこから自分というアイデンティティが誕生し始めたのではないだろうか・・・
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人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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