哲学とは?

ハイデガーは「存在と時間」を著し、その時代にマッチしたのか、一大センセーションを巻き起こしたらしい・・・
しかし、私には、難解過ぎて、まったく理解できないし、というより、これはただのスローガンなんじゃないかと思ってしまう・・・

哲学とは何なのか?
きちっと、理詰めで、真理を追究しているとは言えない・・・
理詰めで追求するのは、論理学という別の学問だ。
哲学は、一種の、精神論なんだと思う・・・
理不尽で不条理な世界に、何でか知らないが、とにかく生まれ出でて、今こうして生きている自分に対し、自分がこうやって存在する理由は何か?と問うよりも、とにかく、今こうやって生きている自分に自分で存在意義や使命を持たせようと、ハイデガーは言っているのだろう・・・こういう哲学は、総理大臣の所信表明演説みたいなものだ。

唯一、論理的な哲学をしようとしていたのは、「論理哲学論考」でおなじみのヴィトゲンシュタインであろう。。。しかし、彼も「語りえぬ物には沈黙するしかない」と諦めた・・・語りえぬ物とは、「美しさ」とか「正義」とか人それぞれで異なる曖昧な概念についてなのだろうが、それだけじゃなく、彼は哲学していても結局真理に近づけないことを言いたかったんだろうなと私は思う・・・

しかし、諦めずに、求めて、いつか到達できる真理があるはずだと思って私は考えていきたい。
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No title

哲学はある種のツールではないでしょうか。論理的な思考で真理を追求するための方法や概念群のことだと思います。論理学もツールですが、論理学では問いを解くことは可能でも問を立てることはできないと思います。自分の考えが間違っていないかどうかをチェックする方法は他者と議論する以外にないので、だからこそソクラテス以来ずっと続いているのかもしれませんね。

なぁさんへ

哲学は、論理的とは言えないと思います。
哲学者が各自、自分で仮定・想像した概念を導入して自説を展開していることが多く、論理が飛躍してしまていることが少なくないと思われます。
例えば、デカルト。我思うゆえに我あり、したがって自分が存在することは疑いようがないと言うところまでは論理的でいいのですが、そこから、神と霊魂の存在についてまで演繹し、二元論を主張しました。もう、ここで、アウトです。ついていけません・・・仮定の話をどんどん展開させていってしまってるので。

他者と議論することで、自分の考えが間違っているかチェックしているのは、確かにその通りですね。

No title

すみません、べつに、コメントや哲学を非難しているわけではないです。。。

私自身も論理的な理詰めの話をしているわけではなく、仮定の話ばかりしてますし・・・


みゅうさんへ

形而上学や実存的な問題を考えるときに、僕の場合は使用できるツールは何でも使用したいと思っています。哲学以外に自然科学や社会科学、宗教…など。それでも答えは出ないと思っているので、分からなさを分かりたい、という理不尽な動機で謎を探求しているだけかもしれません。

あと、僕自身は勉強不足でハイデガーもヴィトゲンシュタインもぜんぜん理解できてないので、そもそも論理的な飛躍がどこにあるのかさえ分からない状態ですね。もっと勉強しないと駄目ですね。
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人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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