雑文・・・

そもそも、自分はこうしたいとか、社会をああしたいとか、他人にいろいろしてあげたいとか、そういう思いは自己中心的なものなのかもしれない。

二分心で、3千年前に人間が自我を持つようになって、上記のいろんな思いわずらいを持つようになったことが人類の原罪なのか?

(二分心(にぶんしん、(英: Bicameral Mind)は、ジュリアン・ジェインズによる人間の心の仮説。1976年の著作『神々の沈黙-意識の誕生と文明の興亡』(英: The Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind)により提唱された古代人の意識についての仮説。 )

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No title

自己中心的でも結果的に利他的になる場合はどうなるのでしょう?
隣人愛とかアガペー的なものは見返りを求めない無償の行為ですが、無償なる行為は承認(賞賛)を得られるので、これも見方によっては利己的と受け取られる可能性もありますよね。

No title

なぁさん

コメントありがとうございます!
確かに。。。
結局、自分と他者とを分けて考えている時点で、自己中心という思いが生まれてしまっているんだと思います。
例えば、巣を守るミツバチが他のミツバチに賞賛されなくても敵から巣を守るために捨て身の攻撃をするような場合(ミツバチはその針で敵を刺すとそのまま死に至ってしまう・・・)、あるいは人間の体で免疫を担っているマクロファージが病原菌を貪食し病原菌もろとも死んでしまう場合、きっとミツバチにもマクロファージにも意識などなく、自分のためというよりも本能的に全体の益のために働いているんでしょうね・・・

二分心の仮説では、3000年前までの人類にはちゃんとした意識がなくただ命じられるままに動いていたという可能性があるようです(ピラミッドを作ったり、ビールを飲んだり、そういうのは感情が伴っていたというよりも、ただただそういう本能のままに生きていただけかもしれません)。

といっても、よくわからないことばかりです。。。
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