未来に向かってではなく、過去を振り返って。


①人生は前向きに生きるものか?過去にとらわれないで現在および将来の幸福を目指して生きるべきものか?
いや、違う。
過去に自分の取った行動をよくよく振り返って反省するべきものだ。

反省して未来に活かすためか?
いや、違う。
未来や現在は過去の行動の帰結というわけではなく(もちろんそういうことも少なくないが)、いくらベストを尽くしてもそれが将来功を奏するとは限らない、というより人生塞翁が馬で何が結果的に良かったかなどと人生の途上で判断はできない。
今現在成功している人間が、落ちこぼれの他人を見て自業自得だなどと思ったら、それは傲慢であろう。それは、PC遠隔操作犯罪をした片山被告と同じだ。ゲーム感覚で自分の頭の中の計算・予測しても、現実の世の中の流れを予測することはできない。計算や記憶がいくら優れていても人の心を読むのははるかに難しいように・・・

②何のために生きる?ということを考える時、何かをすればそれが将来人生の最終ゴールに近づくという前提で普通考えているわけだが、その前提が間違っている。何のために生きるかについての答えが分かったとして、その答えに向かって歩んだとしても、だからといって、将来そこへ近づけるというわけではないし、むしろ、そこへたどり着けるかどうかが問題なのではないのだ。


①と②を合わせて、以下のような結論になる。

人生を振り返って、自分の間違いや至らなさ、非力さを、自覚する。そして、それを悔い改める。それが大事であり、悔い改めても、行動は改まらないかもしれない。しかしそれでも構わない。反省して行動が伴って、結果を出す。そんなことは、目的じゃないのだ。
人生の目的は、これから進むべき道についてのものではなく、今まで生きてきた自分の足跡をチェックすることだ。あの時、あれが間違っていた、あの時、こうしていればといったものでもかまわないが、世俗的なものではなく、あくまで、自分の人生の理念に照らした恥ずかしくない、誇りを持てる歩みかどうかをチェックするのだ。もちろん、自分自身で誇れる歩みだったらOkというわけではなく、むしろ、誇れない、いや、恥ずべき歩みを見つけることこそが重要だ。

③それで一体何になるか?
これも未来に向けた前向き思考の弊害であり、未来はあくまで未来であり、未来のことは未来に任せればいい。自分自身にできることは未来をどうこうすることではなく(どうこうできるなどと思うこと自体が傲慢だ)、ただ過去の自分の人生を振り返り反省することだけが自分にできることなのだ。

④つまり、人生は自分の思い通りにならないことばかりであるけれど、唯一できることがあり、それは、自分の過去の生き方をよくよく検討することなのだ。無意味だとか虚無的になって、反省することも振り返ることもない人は、きっと本当に無意味に死んでいくことなのだろう。
しかし、自分で選ぶことのできない誕生の時と場所、環境に翻弄されながら、苦しみや忍耐の多い人生を歩んできた人が、いつか報われたいという切なる思いを一旦胸にしまって、過去の自分の言動を一つ一つ丹念に思い出しながら謙虚に反省すると、自分の人生に意味が見つかってくることと思う・・・



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人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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