記憶は無限大、自分は一つ



乳幼児期はまだ胎内記憶を持っているというが、思春期以降になると忘れてしまっている。
記憶というのは忘却がつきまとい、アイデンティティ、自我同一性というけれども、全くの同一性を保持できるわけではない。
変わってしまっているのに、自我などと言えるのだろうか?

自分とは何か?
自分へ過去の自分のことを一部忘れてしまっている。一部だけかもしれないし、大事な部分かもしれない。
脳の神経回路の変化に伴う変化であり、結局は、自分イコール脳に過ぎないのかもしれないが。

今ここが今ここであって、自分が自分であって、自分とは、今ここのことで、過去の記憶も含めて、今の状態なんだろう。

しかし、ほんのちょっと前に色々考えていたことが全ては記憶に残らない、この作業記憶、、、
本当に少し前に考えていたこともほんの短時間で忘れてしまって、自分が考えていたことが何なのか思い出せず、自我同一性とは程遠い…まるで、何の夢を見ていたか朝になって忘れてしまっているかのように…
パラレルワールドとか多くの無限に存在する世界よりも、もっと現実的に自分のやってることの方がはるかに色んなことを考えていたわけで…
もしパラレルワールドがあったら、そしてそれらの世界と交信できたとしたら、100や1000の自分と交信するレベルの問題ではなく、無限大の存在と無限大のやり取りをするわけで、とても考えられる次元ではないはず。それはもう神の次元だ…



スポンサーサイト
line
line

FC2Ad

line
プロフィール

うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

line
最新記事
line
最新コメント
line
最新トラックバック
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
sub_line