実体・自分・記憶

よく仏教では、物事に実体はない、実体がないものは存在しているとは言えない。自分というのものも存在しないという。

ここで仏教が言っている「実体」とは、持続的に存在する物の本質のことであろう。

無常を主張する仏教からしたら、すべての事物は変化するものなのだから、持続的に存在するものはなく、したがって実体はないと言うのは当然であるけれど、だからといって、存在していると言えないと言うのは、愚かな結論に僕には思える。


確かに、事物も自分というものも、時々刻々変化してしまうけれど、だからと言って存在しないというわけではない。

実体がない(持続して存在していない)存在の仕方もあるわけだし、全てのものが変化しながら存在を維持しているともいえる。





ここからが本題だ


自分という存在は変化している。とくに記憶は蓄積するし忘却もある。考えは変わり性格も丸くなる。幼かった頃の自分は今とは違った人格のようにも思えることも一部あるだろう。
しかし、根本的に変わらないものがあるはずだ。少なくとも自分を意識する自分は変わらない。。。

記憶が一番重要だ。

(まだ結論はない。これから考えていきたい・・・)


人生の意味

何のために生きるか


記憶というのも特殊な能力だが、そもそも・・・


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