無題

今回は私のブログにコメントしてくださった方に対する返事を書こうとしたら、長文になってしまったので、コメント欄に書くのではなく、ブログ記事としました。

たぶん、不愉快な思いをされてしまうかもしれないなあと思いつつ、気を遣うのも疲れてしまうので、率直な意見を書きます。



> 個人の独り言であれば、日記帳に書けばいい訳で
> ブログという「誰かに読まれる場」に書く限り
> 間違っていれば、批判されることもあれば、炎上することもある。
> その言い訳は通用しませんよね。

いや、良いわけではなく、実情を言ってるだけです。


> さて、今の反対は永遠だと思うのは、ご勝手ですが
> 明らかな「間違い」なら正すべきです。


間違いかどうかはこの際どっちでもいいんです。私がどんな文脈で「今の反対は永遠だろう」と考えたかというと、「今とは何なのか?」と考えててとにかく何でもいいからいろんなアイデアを考えてただけですから。まぁ、反対かどうかというより、「永遠」という概念から「今とは何か?」を考えられるかなあとふと思っただけです。


> マイナス∞という文脈で語るのなら、それは詭弁というもので
> むしろ、ゼロは、プラスとマイナスの中間点という、
> 三角関係の文脈を考えるべきでしょう。


詭弁とお考えになる理由がわかりませんが、微分積分を勉強した時、∞とゼロが対極のものだというのは、数学的には常識だと思っていたのですが…まさか、詭弁と言われるとは思ってもいませんでした・・・


> それから、石ころは鉱物で、生き物ではありませんから
> それは「暴論」であって、反論になっておりません。


いや、別に生き物でないのはわかってます。ですから、石ころと人間は、原子が集まって、分子が集まってできた物質ですから、石ころも人間も物質という点で同類ですよね。
私がこのことを言った文脈では、癌ダムさんが人間も他の動物も同じ扱いをされたので、そんなことを言ったら、石ころも人間も同じ扱いをしていいと思って、言ったまでです。つまり、人間が動物よりもさらに上の次元の存在であることを言いたかったために石ころを持ち出したわけです。石ころと人間を同じ扱いにしても思考はそこでストップしてしまうように、人間と他の動物を一緒に考えてたら、もうそれで思考は進まなくなってしまうと言いたかったんです。もちろん、同じ共通点としての動物であることについては蔑ろにするつもりはないし、人間が他の動物より優れているとかそんな傲慢な考えは持っていません。



> 昨日のニュースで、霊長類の記憶についての研究が紹介されていましたが、僕が話しているのは、例えばそういう事です。


情報ありがとうございます。検索して、初めて知りました。

マウスではできてた神経細胞のスパイン観察を霊長類のマーモセットでも世界で初めて理化学研究所が可視化し観察できたということらしいですね。

まぁ、日本の研究者頑張って下さいと言うほかないですが、こういう実験をいくらやってても意識についての解明は難しいような気が・・・

あ、違いますね。
京大霊長類研究所のチンパンジーやボノボにも一度だけの経験で記憶できる能力があるという研究のことかな・・・

まぁ、とにかく、いろんな研究を蓄積していけば、少しずつ意識の解明につながるかもしれませんが・・・





> 人類は、決して特別な存在ではなく
> 進化の過程で現れた霊長類の一種であり
> 他の霊長類も、それと同じような特長や考える力を持っている
> ・・・と、考える方が、正しいアプローチですね。



そうですね。別に、そんな傲慢に考えているわけではないですよ。というか、私にとって優劣は興味ありません。



> 貴君のおっしゃるのは、地球が宇宙の中心で
> 天が、地球の周りをまわっており、回しているのは神様だ
> というような、間違った基準の話ではないでしょうか?
>
> 論理というのは、事実の上に組み立てられるべきもので
> 虚構の上に組み立てられたモノは、どこまで行っても虚構ですよね。


事実が何かは本当にわかりませんね・・・ほんとうに・・・常識、偏見、先入観はすべて排除して考えていきたいです。つまり、私が今見ている物、感じている物は錯覚幻覚の可能性もあるので・・・



> 、「今私が存在する」というのは、絶対の真実なんでしょうか?
> 世の中は「相対的なもの」ですから、
> 絶対的真実なんてものは、そもそも存在せず


デカルトのコギトエルゴスムは御存じないでしょうか?これは絶対的真実だと思うのですが・・・これも否定されるのでしょうか・・・




> 要は、神様なんかいないんだ…という処から出発しないと
> な~んも見えてこないと思いますよ。


神がいないと証明できたのでしょうか?神の不存在証明はまだできてないですよ。苫米地とかいういかがわしい人が変な引用して一般人を騙してますがw




> とりあえず、今の反対は永遠ではないことから始めましょう。
> 次回は、勝手な思いではなく
> 論理的に納得のいく反論をお願いいたします。


まぁ、どっちでもいいんです・・・
考えたいのは、「今とは何か?」なんです。そのヒントになるかなあと思って、反対の概念を探していただけです。反対の物から、何かヒントが得られるかなあと思っただけです。


> なんのために生きるのか?は
> ご自身の死生観を見つめ直すことだと、僕は思います。
> それに向き合うことは、怖い事ですか?


いや、私は死を全然怖いと思ってないんですよ。蛇が怖い人、幽霊が怖い人、死が怖い人、世の中いろんな考えの人いらっしゃいますが、私が怖いと思うのは、そうですねぇ、死ぬ時の苦痛ですね。死に対する漠然とした不安感よりも現実的な癌性疼痛や呼吸不全などが私に耐えられるのかどうか(まぁ、耐えられると思いますが)ですね。


> 余計な一言ですね。失礼いたしました。


いろいろ、思いつくまま、書いてしまいましたが、お気を悪くされないでください。すみません。ブログの良いところは、現実の社会生活と違って、フランクに本音で言えることですね。現実の生活では、他人への言葉遣いとか、配慮とか、本当に疲れます・・・本音と建て前、お世辞と社交辞令、腹の探り合い、もう嫌になります・・・


とにかく、コメントしていただいて本当に感謝してます。じつは、コメントしていただいたことと関連することで新たな考えるヒントを思いつきまして、議論というのは、自分一人で考えるよりも、他の人のちょっとした意見から、思いもよらない(全然関係ない)アイデアを着想することになることも少なくないわけで、本当に有難いです。
スポンサーサイト
line

夜明け

20150913 (4)

夢をみた。考えさせられるような夢だった・・・

夢の内容は↓
http://ameblo.jp/taitakau-tan/entry-12072656907.html




line

無題

とあるブログにコメントしようとしたが、何回やってもコメントできなかった・・・何故だろう???





苦難多き人生を生きている人が、なぜ苦しいのを耐えながら生き続けなければいけないのかと感じ、苦しい人生を何とか耐えて生きていく意義を追求することは自然な流れで、もし、その人が人生の意義を悟り、人生の目的達成のために苦難を乗り越えることも厭わなく感じることができ、幸せを感じつつ生きていけると思われる。

人生の謎が明らかになった時、人は不幸になるであろうか?(人生に意味はないということが真実なら不幸になるかもしれませんし、あるいは、きれいさっぱり諦めて、潔く、自殺することができるかもしれませんが・・・)

しかし、とにかく、人の知性で論理で考えることなど、限界があり、とても、世界の真理・人生の意味などを知るなどできそうにないですが、それでも、諦めずに考え追究しようとすることは悪いことではないと思う・・・

(哲学者ヴィトゲンシュタインは、語りえぬものについては沈黙しなければいけないと言ってましたが、後年、その考えを変えている・・・)



「正しく生きよ」ということは本当にその通りだとは思うが、何が「正しい」のかがわからないのが一番の問題。

人間生きているだけで他者に迷惑をかけているもの、殺生をして他の生物(植物でも動物でも)の命を取らなければ生きていけないのが現実。


ヴィトゲンシュタインは「語りえぬものには沈黙しなければいけない」と言った。しかし、それは、後世への惑わしの言葉となってしまっている危険性がある。ヴィトゲンシュタインのこの言葉をどれだけの人がまともに信じているかはわからないけど、故ヴィトゲンシュタインは自分の言った言葉の責任を取って償わなければいけないくらいだ・・・
何が問題か?
真偽のほどがはっきりしないことを断言したことだろう・・・




line

哲学とは?

ハイデガーは「存在と時間」を著し、その時代にマッチしたのか、一大センセーションを巻き起こしたらしい・・・
しかし、私には、難解過ぎて、まったく理解できないし、というより、これはただのスローガンなんじゃないかと思ってしまう・・・

哲学とは何なのか?
きちっと、理詰めで、真理を追究しているとは言えない・・・
理詰めで追求するのは、論理学という別の学問だ。
哲学は、一種の、精神論なんだと思う・・・
理不尽で不条理な世界に、何でか知らないが、とにかく生まれ出でて、今こうして生きている自分に対し、自分がこうやって存在する理由は何か?と問うよりも、とにかく、今こうやって生きている自分に自分で存在意義や使命を持たせようと、ハイデガーは言っているのだろう・・・こういう哲学は、総理大臣の所信表明演説みたいなものだ。

唯一、論理的な哲学をしようとしていたのは、「論理哲学論考」でおなじみのヴィトゲンシュタインであろう。。。しかし、彼も「語りえぬ物には沈黙するしかない」と諦めた・・・語りえぬ物とは、「美しさ」とか「正義」とか人それぞれで異なる曖昧な概念についてなのだろうが、それだけじゃなく、彼は哲学していても結局真理に近づけないことを言いたかったんだろうなと私は思う・・・

しかし、諦めずに、求めて、いつか到達できる真理があるはずだと思って私は考えていきたい。
line

閑話休題

ミュージシャンのASKAが、覚醒剤使用し、盗聴器が仕掛けられているとか盗撮されているだとかそういうおかしな言動をしていたという。

覚醒剤は幻覚妄想を惹き起こす。「お前なんか死んじまえ」といった幻聴だったり、壁に人の姿の幻視だったり、付け狙われているとか、監視されているとか・・・

これと似ているのが、統合失調症だ。統合失調症でも、幻聴や迫害妄想がある。

何故、盗聴されているとか感じるのだろう?何故、自分の一挙手一投足を中継されるような幻聴が聞こえたり、自分のことを馬鹿にしてきたり死んでしまえ言ってきたりするのだろう。

人は無意識の中で自分の行動を常に監視している。自分の行動や考え方の間違ったところを訂正するフィードバックによって、自分の言動がより良いものとなるように脳が常に働いているのだろう。人類はそういう脳の働きで進化し、環境に適応し、社会の中で周りの物と協調し、文明を発展させてきたのだ。

しかし、自分のことを常に監視し、自分を責めたてるような、幻覚妄想がなぜ起きるのだろう?


太古の昔から人類が「神」という存在を思い浮かべていた。これはまさに覚醒剤使用による幻覚妄想と似ている。
つねに自分の行動を観察し、その行動を実況中継するかのように囃し立て、そして責めたてる。

人はそんなに悪い、罪深い存在なのだろうか?

いや、ただ単に自己評価が低くなって自責感が強くなるだけだろう。

動物にも幻覚妄想というのが起きるのかもしれないが、何故、脳の機能が悪くなると、こうなるのだろう??

あるいは、別なことを言う人もいる、統合失調症は、普通の人だとフィルターが邪魔して感じることのできない神の領域を感じることのできる特別な能力の持ち主だと・・・

line
line

FC2Ad

line
プロフィール

うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

line
最新記事
line
最新コメント
line
最新トラックバック
line
月別アーカイブ
line
カテゴリ
line
検索フォーム
line
RSSリンクの表示
line
リンク
line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QRコード
QR
line
sub_line