死後に自分を探す

死後に天国に行けるかどうか審判を受ける時、評価されるのは、生前の社会的地位や名誉や財産などではないと思う。名前や職業などその人の生前のアイデンティティは関係なく、いや、関係ないというよりも、死後の世界にはそういう情報は全く伝わらない。その人が生前何を考えたかだけが死後の世界に伝わっていくのだと思う。
死後、人は天使に命じられる、自分とは何かを見つけられたら、天国へ行くのを許可すると。。人は魂となってさまよいながら生前の地球を見せつけられ自分を見つける作業が言い渡される。しかし、見えるのは姿かたちではない。ただ、魂の念だけが見えるだけだ。職業や名前や地位や名誉といったものは全然見ることができない。。。

まるで、徘徊して行方不明になった認知症老人を見つけるのと似ている。家にいた時の服装や特徴を家族がしっかり把握していないと、警察に言って捜索願を出しても、結局見つからない・・・名前も家の住所も認知症患者は忘れてしまっているから・・・

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臨死体験は本当にあるのか?




何かが正しいかとか、何をすべきかとか、考える時、まず、目的を考えるのが必要だ。つまり、何のために?ということを念頭に置いておかないと本末転倒な思考になってしまう。

たとえば、臨死体験は幻覚とか夢とかではなく本当にあの世があることを示しているのか?ということについて考える時、まず、死んだ後に人はどうなるのかということを知るために、臨死体験の真偽を考えていくわけだ。さらに、その目的を考えると、安心して死ぬために、あるいは、死んだ後も安心な生活を得るためにだろう。さらに、その目的を考えると、何故生きるのかとか、何故生き続けるのかとかを考えることになってくる。

そうなってくると、臨死体験で死後の世界をかいま見た人の体験記を読んでも、その体験内容が、綺麗な景色が見えたとか、懐かしい故人たちと出会えたとか、神に会えたとか、幸福な気持ちになれたとか、感動的になったとか、ただそれだけならば、何故生きるのかということについて何もわからないわけで、臨死体験が真実であろうと幻覚であろうと、どっちでも構わないことになる。

そうはいっても、この世での現実的な生活も似たようなものであり、何故生きるのかと言う目的がわかならないまま、とにかく、金を稼ぎ、人と親しく交わり、経済的社会的に豊かな人生を目指すわけで、結局何故生きるのかがわからなくても、とにかく苦しい人生を歩みたくないという、目の前の危機を回避する努力が行われるわけだ。
つまり、受動的だ・・・

もっと積極的に攻めていきたい・・・
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時間

時間の流れ
この世では一方通行
あの世では両方向

時間
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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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