閑話休題

『後悔』



何年も前のこと、、、
自分では正しいことをしているつもりだけど、もしかしたら、間違ったことかもしれない、そんな決断に迫られていた。しかし、やはり自分が正しいと思うことを断行したわけだが・・・ある人から、「後悔するよ!」と言われた・・・


たしかに、この数年間、後悔というか、あれで良かったのだろうか?と考えることはよくあった・・・
何故なら、自分では正しいと思ってたことを実際にやってみても、結局、何かが良くなってくれたとは思えないような変化のなさだから・・・
もちろん、もう一方の選択肢を選んでいたら、状況は劇的に変わっていただろう・・・悪い方に・・・



後悔


人生は選択の連続だ。

どっちを選んでも、何を選んでも、後で必ず「あれで良かったのだろうか?」と思い出すはずだ・・・

それは仕方のないことだ。むしろ、そうやって、振り返らなければ、向上・成長はないはずだ・・・
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天空の城ラピュタ、あるいは風の谷のナウシカ・・・

Joe Hisaishi in Budokan - Studio Ghibli 25 Years Concert

久石譲のyoutube

風の谷のナウシカだったか、天空の城ラピュタだったか、そっちでもいいが、久石譲の曲が好きだ・・・

荘厳で、かつ、雄大なイメージのある曲だ・・・

自分のちっぽけな悩みを忘れ去りたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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閑話休題

読者の方からのコメントは本当に有難いです。

考えるヒントになります。

癌ダム4Gさん(http://gandam4d.blog8.fc2.com/)

からのコメントを見て、ふと、考えた雑感・・・(結論なしです。長いので読み飛ばしてもいいと思います)


『古代人類は まだ「狩られる」側のひ弱な存在で、眠るのにもびくびくしながら緊張して生きていたに違いなく その弱さこそが、脳を巨大化させ、言葉を生み出し文字を発達させてきた、大きな原動力だったはずですよね。 』

生物は、いや、野生の動物は、びくびくしながら生きてるのだろうか?

サバンナでライオンに捕食されるインパラという鹿のような動物。
インパラは、子どもや群れからはぐれた者、怪我をしている者などがライオンの餌食になりやすいが、しかし、普通は、足の速いインパラは、ライオンに捕まることはない。
そして、ここからが大事なのだが、
インパラはライオンをおちょくるのだ!
インパラはわざとライオンの目の前に行って、捕まえてみなw と言わんばかりに挑発したりする。

動物(とくに野生の動物)は、生きることを、楽しんでいるような気がする。

単調さを嫌い、なにか、面白いことがないか、好奇の目で世界を見ているような気がする。
もちろん、歳をとった動物はそういう好奇心が弱くなっていくのだろうが。

この前、水族館でイルカショーを見た。トレーナーは、イルカたちは同じ芸だと飽きてしまってやらなくなるので新しい技を日々考えてるんですと話してた。

人間が脳を発達させることができたのは、道具を使ったりして、いろんなことをできるようになったからであろう。石器一つとってもいろんな種類の石器を発明し工夫している。さらに、土器も作るようになったし、火もいろんな用途に使うようになっただろうし、言葉も使うようになったし、農耕での創意工夫も実にさまざまだったろう。

とにかく、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)という人類の別名のごとく、遊んでいる、楽しんでいる! 人も含め、生き物は、人生を楽しんで生きているだろうし、幼な子などは、大人が見落としてしまうような当たり前のことにも気づき、好奇の目で観察し、楽しむ。そして、また、別な対象を見つけ、楽しむ。疲れを知らない子どもは一日中遊んでいるのだ。

まぁ、人生を楽しめなくなったら、人間として終わりなのかもしれないが、視点を変えればきっと楽しめるものが見つかるだろう(ここで楽しむといっているのは、俗物的な快楽のことを指しているのではなく、自然を愛でるような楽しみかもしれない・・・とにかく、ギャンブルや○○依存などの側坐核を疲弊させてしまいそうな快楽ではなく、あくまで前頭前皮質を穏やかに刺激する自然な楽しみが良いだろう・・・)。

超皮質性運動失語というものがある(障害部位は前頭葉内側面か?)。自ら能動的にしゃべろうとする意欲がなくなるものだ。挨拶されたら返事するとか、オウム返しはできる。

ウェルニッケ失語というものがある。相手が何を言っているか全く理解できず、まるで、外国で暮らしているかのようなストレスを感じる。

人類初のコミュニケーションは、狩りの時のアイコンタクトやあうんの呼吸とか、あるいは、単に村での音楽だったか・・・
やがて、それが、「あ」とか「ん」とかの簡単な発声からより複雑な言葉に進化していったのだろう。そこには、必要に迫られて言葉が生み出されていったというよりも、他者とよりコミュニーケションしたいという意欲そして楽しみから生み出されていったのだと思える。

動物でも、会話をする。イルカや猿や犬や猫やネズミや、ほとんど全ての哺乳類・鳥類であろう。

動物は仔の時から母親の母乳やエサを求めて鳴く。これが、発声・コミュニケーションの始まりと言えるかもしれない・・・
視覚のまだ機能していないときから。

先天的に目の見えない盲人の人も、言葉をしゃべれる。言葉の意味するところは、音によるイメージからの表象だ。

人は歳をとると、脳が先祖返りをする。つまり、幼児乳児のころへ退行していく。
歳をとった老人は「それ」「あれ」と指示代名詞が多くなる。物の名前がすぐに想起できなくなるのだ。
もともと、言葉の誕生のころの人類も、「それ」「あれ」に似た指示代名詞が初めにあったものと思われる。「あ、あ!」で「あれ」を意味していたのかもしれない。「う、う!」で「お前」を意味していたのかもしれない。
そのうちに、「うう~」で自分の伴侶を、「ううー」で自分の子どもを、固有名詞として呼び始め、家族の数が増えると、次男を「うぃー」、三男を「うlるぅー」などと名付けていたのかも・・・
要するに、初めは大きなカテゴリーで名詞を作り、じょじょに、固有名詞が生まれていったのだろうと思われる。



以上、雑感でした。
何の結論もないので、あしからず。

PS:幼児は世界をありまのままに見て、好奇心を抱く。しばらくして、学童期になると、ませてきて、世界に懐疑の念を抱くようになる(親に反抗したり、大人の言うことの裏を読んだり、かんぐるようになる・・・)。幼児の純粋な世界観が本当は大事なんだと思う、脳の発達に。
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インターステラー

『インターステラー』という映画をレンタルビデオ屋でDVD借りてきて見た。
涙を流し感動できる映画だった・・・

少し考えさせられたのは、この映画の原作者は、クリスチャンではないなということだ。

※以下、ネタバレを含むので、内容を知りたくない人はもう読まないでください




高次元の存在が人類を導いているとか、そういう雰囲気を醸し出しながら、結局、そういう存在は、未来の父親だったということだ・・・

人は神の存在を感じがちな生き物だ。誰かに見られている。自分の善い行いも悪い行いもしっかり見ていて、最期に自分を裁くというか評価してくれると。
しかし、そんな見守る存在とは、実は未来の自分自身なのかもしれない。
何か幸運なことが起きた時それは未来の自分が良いことだと教えるために起こした出来事であり、逆に、今の自分の思い通りにならない時それは未来の自分がそれは間違った道だと示唆したくてわざとうまくいかないようにしているのかもしれない。
人は過去の自分を思い出すとき、良い自分を思い起こすことが多い。悪い自分、恥ずべき悪事をした自分、遊び呆けて傲慢になっている自分などは、思い出したくもないのだ・・・一生懸命まじめにやってた自分のことは忘れることなく懐かしく思い出す。そう、懐かしく思い出すとき、その時、その過去の自分に影響を与えているかもしれない・・・(今からでも遅くない。過去の自分、頑張ってた時の自分をよく思い出し、褒めてあげ、そして導いてやりたいと思えば、、、これからの自分も、今の自分を褒めるべく幸運をもたらすようになってくれるかもしれない・・・)

この映画の原作者は、もちろん、初めはクリスチャンだったのだろう(欧米の人は初めはクリスチャンだが、だんだん、キリスト教の矛盾に気づき、現実的なヒューマニズム的な世界観を持つようになる)。
この映画の中では、父親が子供のことを想う場面がよく出る。それは本当に涙ぐましいことであり、親子の愛という絆は本当に感動に値する。世の中で一番強い絆は、夫婦間でもなく、もちろん、兄弟間でもなく、やっぱり親子間であろう・・・
その強い愛が、時空を超えてつながる不思議さは本当に何かの意味があるように思える・・・

とにかく、この世で、自分がしなければいけないことは、未来の自分自身からのメッセージに応え、愛をもって真摯に生きること、なのではないかと、この映画を見終わった後、感じた・・・

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近々公開予定の映画


攻殻機動隊 新劇場版
ターミネーター 新起動/ジェネシス
パトレイバー 首都決戦
マッドマックス 怒りのデス・ロード

など以前人気のあった映画作品の続編が今後次々上映される
いずれも見てみたい作品ではあるが、たぶん、DVDでレンタル開始されてからだろう・・・(しかも準新作あたりで)

未来の世界や未来の技術、そういうのに興味がある私にとって、SF作品はとても興味深い。人生の嫌なことや辛いことも少しは忘れられる・・・いや、忘れられはしないけど、「人生の意味」を考えるヒントになる・・・

ところで、一番見たい続編は「アキラ」だ。もちろん、続編の噂も何もないし、たぶん、作られることはないだろう。
「銃夢ガンム」はハリウッドで実写版が作られるかもしれないという噂だが・・・


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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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