子供の成長を見守る親


神がこの世の多くの人間のさまざまな人生ドラマを一つ一つじっくり見ているとして、神は何を期待しているのだろう・・・

それと同じように、わが子の成長を見ている親は何を思っているのだろう・・・

もちろん、子供の幸福だろう。しかし、ペットを飼って、かわいがり、そして、臨終を看取るような、そんな愛情ではないはずだ。いや、似たようなものか?


わが子を愛おしく想う親の愛情は次元が違うはず。

そして、それよりもさらに超越した愛情を神は人類一人ひとりに抱いているはず・・・  でも、どんな感じなのか?


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自由vs束縛

僕が時々読む漫画雑誌『近代麻雀』の『鉄鳴きの麒麟児』は、鼻白むくらい哲学的な漫画だ。哲学的というか、人生の意味を追い求めている…

今号では、自由について語っているし、前号では、死んだ後閻魔様に生きている間何をしてきたかを問われても堂々と答えられるように生きたいと語っている。

今号の『自由』については、ある大資産家で自分の会社も自分がいなくても勝手に利益を上げてくれているので、自分は麻雀なり海外旅行なり自由に好きなことをしていられるという人が、一般庶民が腕時計やスマホを所有して束縛されていることを皮肉っている場面があった。


たしかに、携帯もスマホも腕時計すらも持たず、仕事に縛られず、時間に囚われずに生活できたらどんなにいいだろう。

そして、麻雀の場合は、自分の手だけでなく、相手の攻撃や立直にオリなければならなくなったり、そういう束縛があるわけだが、相手なんか気にせず、自由にのびのび自分の手を育てられたらどんなにいいだろう。


ルールには最低限しばられるけれども、定石にとらわれず、自分の好きなようにやる。うまくいけばもちろん、うまくいかなくても自分の好きにできていることに満足する。


自分の好きなようにできる、自分の理想と現実が違っていてもそれでも自分の意志を貫く…


なんだか損なことばかりで、器用貧乏で、他人からみても敬遠したくなるような生き方であっても、本人がそれを受け入れられていればそれはそれで素晴らしいことなのかもしれない。


まるで、未開の土地の原住民が、文明人の訪問を受けても、文明の遅れを気にせず、自分たちの風習を守っていくように。



ダラダラ書いてしまった、ここまでは前置きだ。



ここから本題だ。



ユダヤ教は礼拝の仕方や普段の生活に律法が細かく定められている。後から現れたイエスキリストは律法に縛られない(本質的な愛の)大切さを説いた。しかし、規律はあった方がいい!規律に縛られて本末転倒になってしまう危うさもあるが、規律や決まりやがあると、そのルールに従って、毎日を安心感を持って規則正しく暮らしていける。もちろん、安定した日々ではないかもしれないが、これでやっていくしかないんだという覚悟ができる。これでいいんだという傲慢怠慢には気をつけないといけないけれど。そう、大事なのは、謙虚に控え目に、規律を守ること。自分を正当化せずに。これで良いんだと結論づけず、いつも、謙虚に…









自由があれば己の行動に不安が出てくる。怠慢怠惰の不安が。


制約があれば制約だけ守っていれば良いのかなという怠慢傲慢が出てくる恐れがある。


やはり、バランスか…


制約の中では自由を理想とし、自由の中では規律や自己規制を大切にする…


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過去をさかのぼると・・・

時間は流れる

寂しい時や苦痛なだけの時はゆっくり流れ、ショッキングな時、感動した時、幸せな時などは早く流れ過ぎてしまう・・・


時が止まったかのような、時間の進みがゼロの時はあるだろうか?


一瞬が永遠のように感じる時はあるだろうか?

それは、死ぬ瞬間かもしれない・・・



そして、死んだ後は???



一瞬が永遠以上に感じられ、時は止まるどころか、過去にさかのぼるかもしれない・・・



過去に遡ったら、自分が生まれる前も感じれるのか?




自分が生まれる前を追体験できたとして・・・




一番初めに自分は何を思ったのだろうか?




ただ世界を見ている自分、見ているだけ・・・「不思議だなあ・・・」
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微分

今日の神父さんのメッセージで

「過去にとらわれない」
「昔の良い時に戻りたいという誘惑に負けない」

というのがあった。

その通りだと思う。
先日自殺した中学生だったかも遺書に十何年間かの人生の中で楽しかったこともあったと書いてあったようだが、人間だれしも、一度以上は楽しかった思い出があるはずだ。

しかし、もし、過去に戻れる魔法があったとして、過去に戻って楽しかったことをまた体験したとしても、それが一体何になるのか疑問である。

楽しさ、幸せ、至福はその時は確かに素晴らしいけれど、同じことを繰り返し体験しても、それ以上の経験は得られない。楽しみをさらに噛みしめて、幸せを感謝する想いは強められるであろうけれど、それよりも大事な事が人生の課題にあるのではないだろうか・・・人生の目的はただ幸せを体験することなのではなく、幸せを見据えつつ、上を目指していろいろ経験すること、いろいろ考えることだと思う・・・

まるで、単なる増加ではなく、微分的なプラスを目指すように。
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インターステラー


レンタルして見た「インターステラー」

可なり長い映画だ。2時間半以上あり、初めの2時間は自分としては眠くなりそうであったが、最後の30分からぐいぐい惹きつけられ魅せらた。
途中で立ち寄る惑星の映像もまぁまぁ悪くはないのだが、僕にとってはそれでは不十分なのだ。

ブラックホールの地平(?)の映像、これが素晴らしかった!
ロボットとのやりとりも、感動した。

前置きはこれくらいにしたい。


何が言いたいか?



新しい環境にびっくりしたり、それに適応していったり、また別な困難に遭遇したり、それに打ち勝つ面白さを感じたり、、、、そういうことの繰り返しは僕にとってはもう疲れた。。。(といっても、面白さを感じたり、勝つ喜びを味わったりしたことなどないけれど)

そういう寄り道ではなく、最終的な究極的なゴールにたどり着きたいのだ。。。

最終的なゴールとは、やはり、、、この世の真理(もしくは神)に出会うことだろう
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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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