困難に立ち向かう姿


人生は困難や試練の連続だ。ときには、ホッとできて、平和で幸せな一時も過ごせるかもしれないが、基本的に人生は常に臨戦態勢で立ち向かっていくものだ・・・

キリスト教でも怠惰は罪とされている。

自分に与えられた試練を避けていては、逃避の人生、怠惰な日々、真の自分の使命を果たせていないことになる。

攻める!

アグレッシブに人生に臨むこと。

それで余計苦労が増えて悪戦苦闘してもいいじゃないか。
途中でちょっと諦めてもいい、また、立ち上がればいい。


子供を見よ。

不安な世界に好奇心と挑戦心を持って立ち向かって成長していっている。

世の中の理不尽に敢然と向き合うこと。


子供の様な純粋で自然な姿勢を見習いたい・・・




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人生の選択

Amazon.co.jp | 天使のくれた時間 [DVD]
『天使のくれた時間』を観た。

良かった。


良かったといっても、ストーリーは大したことないし、天使は結局出てこないし、落ちも大したことないし、何かハッとするようなサプライズはないし、映画のテンポは僕にしては遅く、初めの方と最後の方だけ見れば十分かも知れない。

しかし、これを観ていて、インスピレーションが湧いた。

僕の場合、本や映画などを鑑賞するのは、その内容に期待してではなく、その中で関連して得られるヒントに期待してだ。

この映画で僕が思ったことは、

人生には選択の分かれ道というのがあるであろう。
あの時、こうしていれば全然別の人生があっただろうと思うことが少なくない。

しかし、実は、今この瞬間にも、そういう大事な選択を迫られている可能性があると思う。

過去を悔やんだり、うじうじ考えている暇はない。今、この瞬間を大事にしなければいけない。
過去は変えられない。今これからは変えられ得る。


そんな風に思った・・・


ネタバレになるので、追記をコメントに書きます。ネタバレが嫌な人はコメントは見ない方が良いかも。




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予測、予想、期待、希望・・・心配、不安、絶望・・・



動物と違って人は将来を予測できるし、予想する。予想するから、予想できるから、失望し得るのだ。


ハイデガーはその著書「存在と時間」で、何が言いたかったのか、僕には理解できていないが、おそらく、意志が未来に向かって志向することが存在することの意義なのだと言いたかったのではないのだろうかと思う。


カミュがシーシュポスの神話を挙げて、自分が折角努力して行ったことが水泡に帰す運命にあっても、100%無駄に終わろうと、また1からやり直さなければいけないことが分かっていても、それでも、今自分にできることをし、未来に向かって進んでいくことに意義を見出そうとしていたんだと思う。


予測、予想・・・


動物は、自分の努力が何回も何回も無駄になるようなら、学習性無力感によって、もう努力しなくなるという。つまり、予測予想するということなのだろうが、人間も実際にはシーシュポスのようにはなれない。途中でもう完全に動きをやめ、呆然として立ち尽くし、ひざまずき、崩れるように倒れ込み、しばらく臥せてしまうだろう。




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損得勘定

パナマ文書というのが問題らしい。租税回避として、多くの会社・資産家などがパナマなどの外国で脱税する手段を取っているという。

先日、東京都知事の舛添要一氏が公私混同ともいえる不祥事をしていたことが発覚した。プライベートでの買い物なり旅行なりを都知事の仕事上の費用としたわけだ。これは節税脱税ではなく、完全に都民の税金の私的流用だ。
これに対する石原元都知事のコメントが的を得ている。
舛添さんは何回も離婚結婚をして、貧乏だから、そういうことをしてしまったのだろうと皮肉った。


多くの人はなるべく税金を払いたくないとか、接待されれば喜んだりとか、少しでも得したいわけだ。
しかし、みんな、長い人生の中で失敗をし、多かれ少なかれ損をしている。ほとんどの人が、得した分より損した分の方がトータルで多いのではないだろうか?

損を取り戻そうとは思っていないだろうが、少しでも得しておきたいと、せこいことを考えているとまでは言わないけれど。


とにかく、生きるということは、すでに損ばかりのことが待ち受けていると僕は思う。


地道にコツコツやっている人でも、大胆に積極的にやっていればもっと良い人生を送れていたかもしれないチャンスを逃してるかもしれないし。


もちろん、人生、損得じゃないだろう。

楽しめればそれでいいという人も多いであろう。
しょせん、人生なんて暇つぶしなんだからという人生観の人がほとんどであろう。人生に意味も価値もないというような・・・


しかし、損をして後悔する必要はないから一番理想的な目標に向かってチャレンジしなければ、生きている意味はないような気がする・・・
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働く目的

働くとはどういうことだろう?

日本では、働くことはやりがいがあり、生きがいであり、意義深いことと考える風潮がある。一方、キリスト教文化の欧米では、働くことは、神から罰として課せられた労働という考えらしい。

聖書、創世記において

第3章17~19節
更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。
あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

つまり、人(アダム)が善悪を知る木の実を食べるという罪を犯した罰として、『顔に汗してパンを食べ』なければいけなくなった、という箇所が欧米の労働に対する考えなのだ・・・

しかし、そもそも、神は、まだ罪をとして犯す前のアダムに

第2章15節
主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。

という、エデンの園での農業をアダムに行わせていたわけで、う~~ん・・・
罰ではなく、初めから、労働者として人を使っていたわけだ・・・
もちろん、現代でもガーデニングが趣味の人もいるわけで、エデンの園を耕すことは労働ではなく趣味・生きがいとして楽しいものだったのかもしれないが・・・(僕の場合は、動物の飼育なら楽しいと感じるが・・・)


前置きはここまでにして、、、


働く目的を、自分が食っていくためとか、自分の生きがいとして楽しむためとかでは、虚しいような気がする。やはり、人の為(あるいは、神の為でもいいけど)にするのが空しくならなくていいかもしれない。

ただし、一生懸命働いたつもりでも、人の為になっていないことも少なくないであろう・・・他人の益になっていなくても、それは仕方ない。しかし、絶対、他人の害にならないようにひっそりと働きたい・・・

といっても、やっぱり、自分がいることで職場の雰囲気が暗くなるとか、場がしらけてしまうとか、そんなことは多いであろうし、お客さんにまず機会損失させてしまう可能性も高いわけで・・・(いや、ここまで考えるのは自責的すぎるだろう・・・自責的に考える必要はないはずだ・・・)

なるべく、雰囲気が良くなるよう努力すべきだろうが・・・

地道に誠実にまじめにやっていくだけだ・・・

それで明らかにクレームが来たりすればその時、謝れば良いし、解雇されるのも良いし、できるだけ頑張るしかない・・・


また、働くだけが、神の与えた『顔に汗してパンを食べ』るという罰ではない。病気で働けない人も、闘病というのが汗することになるのだろうし、子どもだって、同じかもしれない・・・

まぁ、いずれにしろ、苦しんで野の草を食べ、最終的には、その土にかえるのが人間のゴールなのか・・・気になる甘美な果実を食べる生活から、土に生える物を食べ、死んで、地べたに腐って、地に生える草の養分肥やしになればいいということか・・・

いや、もう、旧約聖書のことは考えないようにしよう・・・憂鬱になってくる・・・

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人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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