不幸=罪、しかし他人のための苦しみは不幸でも罪でもない


他の人の苦しみを救うために自分が犠牲になることほど尊いことはないとイエスキリストは言っている。
つまり、自分が犠牲になって苦しんでもそれは不幸ではなく、つまり、罪ではないのだと僕は解釈する・・・






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幸せかつ感謝の念

自分の人生に幸せと感謝の念を抱くような時、不運はやってくることが多い。

もちろん、そうじゃない人もいるとは思うが、自分の場合は感謝の念を抱くとき、不幸が訪れるのも覚悟している。

逆に幸運を期待して、不幸や不満の念を抱くことをしたからと言って、幸運が訪れるわけではないが・・・

一番は、無我の境地で何も思わないようにすることだ・・・



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罪=不幸


キリスト教では自分の罪を認め悔い改め、それを許してくれるイエスキリストを信じ、罪が許されたことを信条としている。


自分の罪とは何か?というのがわからないことが多いであろうし、そういう罪を生み出している神に不満があるであろう。
しかし、

罪=不幸
と思って、

今の自分に降りかかってる不幸を認め、そのまま受け入れ、ありのまま神に委ねていればそれでいいのではないだろうか?






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過去の自分を励まし、未来の自分に厳しく

過去に失敗をし、今が不幸な自分。
これからも失敗をし、未来がさらに不幸になる自分。

そんな今現在の自分は、過去の自分を責めてはならない。過去の自分を許してあげ、しかも、頑張ったんだと慰めてあげる・・・
そして、未来の自分に対して、今の自分が精いっぱい努力して、未来の自分が不幸から少しでも脱却できるように責任をもって今を生きる、しかも、未来の自分に対して、失敗を繰り返さぬように戒めていく。


ゆめゆめ自暴自棄になってはいけない・・・



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過去現在未来  の自分  に対する想い


上昇志向のある人は未来の自分を思い描きながら努力していくのであろう。それ以外の普通の人は、未来の自分に対して何も思っていないであろう。たとえば、将来ダメになってしまうかもしれない習慣を改めることなく今が楽しければそれでいい考えで生きていく。

過去を振り返っていろいろ考える人は、自分や他人を大切にするであろう。しかし、普通の人は過去を顧みることなく、同じ過ちを繰り返す・・・

前置きが脱線してしまった。


人は、過去の自分や未来の自分に対して本当に真剣に大切に誠実に考え想うことは少ない・・・


もっと、過去の自分や未来の自分に真剣に愛情や憐れみをかけたい・・・





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Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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