『りそなの会計士はなぜ死んだのか』 という本を読んだ。

https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4620316466/ref=dbs_a_w_dp_4620316466



『りそなの会計士はなぜ死んだのか』
という本を読んだ。

残念ながら、亡くなった会計士が自殺だったのか他殺だったのか不明なままだったし、自殺だった場合の理由が見当たらない…

人が自殺したときの心理(病気以外の)を知りたい… これからもこういう本を探していこう…
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肝ったま母さん

出勤するとき、いろいろ考えた。

すれ違うサラリーマンやOLなど、自分の足元を見ながら黙々と歩いている通行人が多い。

みな、自分のことで頭がいっぱいなのであろう、僕も人のことは言えないが。



もっと世界に目を向けたい。自分のことよりも社会全体のことを。脳の中でも自分のことだけでいっぱいいっぱいのニューロン群もいれば、全体を見通し全体の益になるように統制しているニューロン群もあるのだろう。できれば後者のようなニューロン群が多いほうがいいであろう。統合失調症なども幻覚などの病的体験は前者のニューロン群が優勢だから起きるのではないだろうか?


現実の人間関係では、嫌な人もいるだろう。しかし、自分の子供が言うことを聴かないからと言ってわが子を嫌う親がいるだろうか?

子供は所詮子供なのだ。
だからこそ、親も寛容なのだ。


まるで、大勢の子供を育てる肝っ玉母さんのように、懐深く、余裕をもって、わが子を温かく見守る。






自分のことはさておき、視野を広げ、みんなが益となることを、この世全体にプラスになることを、考える。

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自由vs束縛

僕が時々読む漫画雑誌『近代麻雀』の『鉄鳴きの麒麟児』は、鼻白むくらい哲学的な漫画だ。哲学的というか、人生の意味を追い求めている…

今号では、自由について語っているし、前号では、死んだ後閻魔様に生きている間何をしてきたかを問われても堂々と答えられるように生きたいと語っている。

今号の『自由』については、ある大資産家で自分の会社も自分がいなくても勝手に利益を上げてくれているので、自分は麻雀なり海外旅行なり自由に好きなことをしていられるという人が、一般庶民が腕時計やスマホを所有して束縛されていることを皮肉っている場面があった。


たしかに、携帯もスマホも腕時計すらも持たず、仕事に縛られず、時間に囚われずに生活できたらどんなにいいだろう。

そして、麻雀の場合は、自分の手だけでなく、相手の攻撃や立直にオリなければならなくなったり、そういう束縛があるわけだが、相手なんか気にせず、自由にのびのび自分の手を育てられたらどんなにいいだろう。


ルールには最低限しばられるけれども、定石にとらわれず、自分の好きなようにやる。うまくいけばもちろん、うまくいかなくても自分の好きにできていることに満足する。


自分の好きなようにできる、自分の理想と現実が違っていてもそれでも自分の意志を貫く…


なんだか損なことばかりで、器用貧乏で、他人からみても敬遠したくなるような生き方であっても、本人がそれを受け入れられていればそれはそれで素晴らしいことなのかもしれない。


まるで、未開の土地の原住民が、文明人の訪問を受けても、文明の遅れを気にせず、自分たちの風習を守っていくように。



ダラダラ書いてしまった、ここまでは前置きだ。



ここから本題だ。



ユダヤ教は礼拝の仕方や普段の生活に律法が細かく定められている。後から現れたイエスキリストは律法に縛られない(本質的な愛の)大切さを説いた。しかし、規律はあった方がいい!規律に縛られて本末転倒になってしまう危うさもあるが、規律や決まりやがあると、そのルールに従って、毎日を安心感を持って規則正しく暮らしていける。もちろん、安定した日々ではないかもしれないが、これでやっていくしかないんだという覚悟ができる。これでいいんだという傲慢怠慢には気をつけないといけないけれど。そう、大事なのは、謙虚に控え目に、規律を守ること。自分を正当化せずに。これで良いんだと結論づけず、いつも、謙虚に…









自由があれば己の行動に不安が出てくる。怠慢怠惰の不安が。


制約があれば制約だけ守っていれば良いのかなという怠慢傲慢が出てくる恐れがある。


やはり、バランスか…


制約の中では自由を理想とし、自由の中では規律や自己規制を大切にする…


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『自分で自分を裁くことすらしません』

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『自分で自分を裁くことすらしません』

という言葉・・・



PODCASTで聴く礼拝メッセージで、プロテスタントの牧師さんが「自分の罪を悔い改めましょう」よく言っている。

しかし、僕は、それをいつも違和感をもって聴いている。なぜなら、自分の罪というのは、いったい何なのか、わからないからだ。そりゃあ、自分に悪いところや落ち度や失敗はいくらでもあるけれど、それらがすべて、何とか頑張ってやっている結果であって、間違った方向に努力して、見当違いの間抜けな努力なんだろうけど、でも、どうすることもできないというか、自分の能力は正悪を判断できず、何が良いか何がいけないか、知性が劣っているからであり、これ以上どうすればいいの?といった問いを神に発しても、神は無言沈黙であり、本当にどうしようもない。。。

もちろん、明らかに自分が悪いことをした時は悔い改めたい。しかし、人生や日々の生活において、何が悪くて何が良かったのなんて、わからないことが多過ぎる・・・

だから「先走って何も裁いてはいけません」と言われると、納得がいく・・・

他人のことも、自分のことも裁いてはならない・・・・

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攻める

緊張感…それはただの真面目さ勤勉さではなく、見知らぬ広い世界にポーンっと一人放り出された後のような、一体これからどうすればいいのだろうか途方に暮れそうな、誰も助けてくれない、いや、むしろ、自分よりも怖そうで強そうな他者の大勢いる中で萎縮してしまいがちな、そういう緊張感… とまでは言わないけれど、アドレナリンが出たり、セロトニンとノルアドレナリンが渦巻いたり、ハラハラドキドキで、かつ、諦めたり、失意の底に落ちたりせずに済むくらいの、一喜一憂に心が揺れ動き得る状態が、人間には必要であろう。
慣れた場所で、いつもの人間関係で、なあなあの馴れ合いで変化を厭う暮らし方では、緊張感は生み出されず、ドラマも波瀾万丈も何もない。
失敗もあるし、成功もある。いや、失敗の方が圧倒的に多いかもしれないけど、慎重にアグレッシブに攻めたい…

というのは、頭の中で…
とにかく、他に人がいなくて一人だけの時でも、緊張感を持っていたい
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うーたんとみゅう

Author:うーたんとみゅう
人生の意味を探り自分の生まれてきた理由・使命をただ純粋に知りたいだけ・・・

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